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コラム

空間メディア入門

1-26 「空間の記憶」を持ち帰る

2012.6.11

  この“参道”を通ってなかに入ると、展示室の内部は固有の性格を与えられたいくつもの空間に分節されています。
 円形劇場のようなスペースもあれば、2〜3人がやっと入れる穴ぐらもある。路地のような通りもあれば店先のショーウインドウもある、といった具合に。
 「井戸」「洞窟」「骨董通り」「彫刻の大地」……、各ゾーンにはいつしか愛称がついていました。
 それぞれに個性と役割を与えられたゾーンを巡り歩くなかで、観客はさまざまなTAROと出会うわけですね。大袈裟にいえば、見知らぬ街を旅しているような感じです。
 ただし、それぞれの空間は機能的には独立しているけれど、孤立しているわけではありません。空間上も視覚的にもゆるやかにオーバーラップしていて、そこかしこに穿たれた開口やスリットから、隣り合う空間の表情やそこに集う人々の気配が絶えず進入してきます。
 驚いたり、微笑んだり、顔を見合わせたり…、岡本作品を媒介に繰り広げられる来館者の表情も、作品とともにこの空間を構成する要素にしたかったからです。油断していると、不意に他の観客と目が合ってしまう(笑)。目の前の作品以外の情報を遮断しようとする従来の設計思想とはあえて逆をいったわけですね。
 だから、いずれの展示空間も、作品を単体として切り取って見せようとはしていません。彫刻が中心のゾーンでは作品が群となって観客を包み込むし、絵画が中心のゾーンでさえ、映像を展示の一部としてはじめから組み込んであります。作品と映像が同時に目に入るわけで、これなど美術館展示の常識からいえば“悪い設計”の典型です(笑)。
 すべては「図録のような美術館」ではなく、「空間体験としての美術館」にしたかったから。
 旅先で歩いた広場や路地の情景が記憶に残るのと一緒で、空間体験として肌に刻んだ経験は忘れません。目指したのは「空間の記憶」を持ち帰れるような美術館でした。

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